音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ニコライ・カプースチンはジャズ? クラシック?

 少年の頃から物事を整理するのが苦手だった音吉にとって「分類」とか「仕分け」と呼ばれる作業は苦行以外の何ものでもありません。グラデーションがあるとはいえ所詮はひとつの塊であるものを切り分けるわけですから、これはある意味、暴挙なんだと思うんです。
 本棚やCD/DVDケースを整理するときや洗濯物をしまうとき、パソコンのフォルダに溜まった文書や画像を整理するときに、音吉は分類項目を決める段階で煮詰まってしまいます。日々アップしているブログの記事をどのジャンルに仕分けすればいいのか、という場合も同じです。

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 今回取り上げるウクライナ出身の作曲家、ニコライ・カプースチン(Nikolai Girshevich Kapustin, 1937 - 2020)は、まさに悩ましい作品を生み出す作曲家であるといえます。なので本来ならばスルーしたいところなんですが、先月(2020年7月2日)、82歳でお亡くなりになったとのこと。追悼の意味を込めて紹介したいと思います。
 第二次大戦が終わるとすぐに音楽(ヴァイオリンとピアノ)を学び始めたニコライは、やがて旧ソ連にあっては最高の音楽教育機関であったモスクワ音楽院(正式にはチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院, Moscow Tchaikovsky Conservatory)に入学し、優秀な成績で卒業しました。
 と、ここまでは普通のアーティストが辿る道なんですが、ニコライは卒業後、国立ジャズ音楽室内管弦楽団に入り、以降もソビエト連邦テレビラジオ軽音楽管弦楽団、ロシア国立映画交響楽団 と異色の経歴を積み重ねていきました。これはモスクワ音楽院に在学中、ボイス・オブ・アメリカ(The Voice of America [VOA])で聴いたジャズに強い影響を受けたためといわれています。

ニコライ・カプースチンとオレグ・ルンドストレーム・ビッグバンド(1964)

 1950年代、ニコライはジャズ・ピアニストとしての名声を得る一方で、クラシックの五重奏団のリーダーとしても活躍。即興的なジャズの作風とクラシック音楽の構造を融合させた彼独自のスタイルは、この時代に基が築かれたといえます。
 ここで1977年に書かれた『古風なスタイルの組曲 作品28(Suite in the Old Style op.28)』を聴いてみましょう。

 まるでジャズの即興のように聞こえますが、スコアをみれば、なんとバッハのパルティータのようなバロック様式の組み合わせになっています。
 ニコライは、こうした綱渡りについて面白い発言をしています。
「私はジャズ・ミュージシャンではありません。ジャズ・ピアニストを志したことはありませんでしたが、作曲のためにはジャズ・ピアニストでなければなりませんでした。即興演奏には興味がないのですが、即興演奏をしないジャズ・ミュージシャンって何なんでしょう? 私の即興演奏はすべてスコアに書き下ろされ、そのおかげで遙かに改善されたのです」(米音楽誌『Fanfare』2000年9月号 p.93-97)
 さりげなく語っていますが、普通のジャズ・ミュージシャンやファンがこれを読んだら激怒する人がいるでしょうね。ジャズの即興性について嫌らしいことを言っているからです。その場、その場でのアドリブが本来の意味なんですが、たしかに作曲家にとって曲を生み出す行為自体は即興と等価。それをスコア化して自分の外に投げ出して検証すれば改善される道理ではあります。主張の是非はともかくとして、普段と違う視点から再考することの大切さを音吉は感じます。 

 Impromptu No. 2 Op. 66 ニコライ本人の演奏です。

 ニコライの作品は近年、とみに若手の演奏者が好んで演奏するようになったせいか、当たり前のように巷で名前が聞かれるようになりました。気がつくようで誰も気づかなかった孤高の道を歩んだニコライにとって、若い世代の間で高まる人気は、天国への階段を飾る花束になったに違いありません。謹んでご冥福をお祈りします。

小学6年生の山本蒼真さんによる『Sonatina op.100』です。

ニコライも喜んでいることでしょう。