音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ナゲシュワラ・ラオとヴィーナ

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 1960年代の後半から1970年代の前半にかけて、インドは一部の若者にとっては憧れの国でした。
 これは当時、ベトナム戦争公民権運動などで露呈した社会的・国家的な矛盾に対するカウンターカルチャーとして脚光を浴びたヒッピー(Hippie, Hippy)・ムーブメントの影響だったと思います。
「どうしてヒッピー文化って言わないの? その頃はそう言ってたと思うけど」
 そう思う人がいるかもしれません。たしかに日本ではヒッピーを文化として捉えていました。ヒッピーの好む音楽や思想、フリーセックス、ドラッグ解放、エコロジーヴィーガニズムをファッションとして受容していたわけですから、たしかに文化という括りでよかったんでしょう。
 しかし御本家のアメリカ、そしてその影響を強く受けた欧米の若者にとって、ヒッピーはファッションではなく生き方であり、実践的な運動(ムーブメント)だったんです。そして、そのように生きる人のことをヒッピーと呼んだわけです。
 ヒッピーにとっての哲学的・宗教的な芯は、体制側のキリスト教や西洋哲学であってはなりませんでした。そこで注目されたのがインドだったわけです。
 フツーのティーンだった音吉も、世の風潮に乗って高校生の辺りからインドの文化、特に伝統音楽に惹かれるようになりました。ビートルズ繋がりでいけば、以前に取り上げたラヴィ・シャンカルのシタールでしょう。シタールの華やかで幻想的な音色は、それまで聴いたことのなかった人にもアピールするだけの魅力がありますから。

 でもインドと音吉の出会いはシタールじゃありませんでしたよ、並みの高校生じゃなかったですから。なんていうのは大嘘です…
 実はラヴィ・シャンカルのシタールが聴きたくてレコード店に行ったんですが、あいにくなかったんです。仕方がなしに民族音楽のコーナーを物色したら、
「ん、シタールあるじゃん!」
 シタールらしき楽器を持ったカッコいいおじさんが写ってるし、しかも一枚1,000円で超お買い得! ラヴィ・シャンカルじゃないけど、こーなったら誰でもいいや。と、ロクにライナーノーツも読まずに購入して家に持ち帰りました。

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 自室にこもってビニール袋からジャケットを取り出し、帯を剥ぎ取ろうとしたその時、
南インドの音楽 ~ナゲシュワラ・ラオのヴィーナ」
 と、太ゴチでデカデカと載ったタイトルの上に、小さな文字で略説が印刷されているのに気付きました。
ビートルズジョン・コルトレーンに関連して人々になを知られるようになったのが、北インドシタール奏者ラビ(ママ)・シャンカルだが、インド音楽を深く知るようになればなるほど、北よりも南インドの音楽、シタールよりもヴィーナの音楽にひかれる人が多い。そんな、真に深いインド音楽を追究する人たちに心から満足していただけるのが、ナゲゲシュワラ・ラオのヴィーナの演奏であるに違いない」
 嗚呼、やっちまった… ヴィーナって音楽の名前じゃなくて楽器だったんかいっ! ライナーノーツぐらい読んでから買え(怒)> オレ
 それでも買っちまったものは仕方がありませんから、憎しみを込めてレコードに針を落としました。
「ん?」
 たしかにシタールのようなキラびやかな音色ではありませんが、その代わりに音に深みがあり、ズシンと心に響くものがあります。レコードの両面を聴き終えて残ったのは、良質の音楽に触れてこその満足感でした。 

音吉の買ったレコードに収録されたナゲシュワラ・ラオのヴィーナです。

 ヴィーナ(वीणा[英]Veena, [独]Vina)という名称は本来、古代インド音楽の弦楽器を指す総称で、その意味ではシタールもヴィーナのひとつといえますが、現在ではヒョウタンや中空の木材を用いた共鳴器を70センチほどの竿で繋いだ形になっている弦楽器のことをヴィーナとしています。弦は7本で、ピックで弾いて音を出します。
 最初に買ったレコードのおかげで、音吉はヴィーナを南インド独特の楽器だと思い込んでいたんですが、実際は南北双方でヴィーナは用いられているようです。ただし北インドではビーン(Bin)と呼ばれることもあり、フレットの数も違います。装飾も違うので、知っている人ならヴィーナがどちらのものかがすぐに分かるとのこと。
 また音楽の種類も違っていて、北のヴィーナはイスラム王朝の宮廷で発達したヒンドゥスターニー音楽(Hindustani classical music)であるのに対し、南のヴィーナはカルナータカ音楽(Carnatic classical music)と呼ばれるヒンドゥー教の宗教観の下で発達したものです。今回はヴィーナのお話なので曲はアップしませんが、カルナータカ音楽では声楽が重視されている由。即興がメインなのはヒンドゥスターニー音楽と同じですが、演奏に際して厳密な規則があるのもカルナータカ音楽の特徴だそうです。そのうち両者の音楽を聴き比べてみたいですね。
 実は形状や奏法の違いによってもっとたくさんの種類があるんですが、あまりに専門的で話がややこしくなりますので、種類の話はこの辺にしておきます。
 音吉の買ったレコードに収録されていたのは、カルナータカ音楽のヴィーナ奏者として伝説的な存在のモッカパティ・ナゲシュワラ・ラオ(Mokkapati Nageswara Rao, 1926 - 1993)による演奏で、彼は日本でレコーディングを行ったりもしています。
 日本人のヴィーナ奏者である的場裕子さんは、インドで「ラオ先生」にレッスンを受た時のエピソードをご自身のブログで紹介しています。的場さんのブログは、ヴィーナについての魅力と専門的なお話が分かりやすく、楽しく綴られています。興味のある方はぜひご覧ください。的場さんのブログはこちら→ Yuko Matoba Website - Japanese