人は思わぬところでトンでもない人物に出会っているものです。
何年であったのかがどうしても思い出せないのですが、おそらくは1970年前後であったと思います。
木枯らしの吹きすさぶ冬の夜で、コンサートとなれば嬉々として出向く音吉が気後れしてグズるという大珍事が発生。説得されて渋々、行くことにはなったんですが、コンサートホールに着くまでは機嫌の悪かったのなんの。
というのも音吉は寒いのが大の苦手。雪がコンコンと降ればコタツで丸くなるほうでしたから、真冬の、しかも寒風が街を吹き抜ける夜にYシャツ&半ズボンで出かける(昭和に男の子だった人は分かってもらえますよね)なんて、拷問以外の何物でもありませんでした。
おまけにピアノ・リサイタルで演目がショパンとラヴェルであること以外は曲名も演奏者も分かりませんでしたし。母のお友達が急用で行けなくなり、当日の午後になってペアチケットが我が家に舞い降りてきたのですから仕方がないのですが、当時、サンソン・フランソワ以外はピアニストじゃないと信じ込んでいた音吉には、どこの誰とも分からない「自称ピアニスト」の演奏に価値があるとは思えませんでした(バカでしたねぇ、ホントに)。
会場に着くと、母が受付に張り出された告知を読んで言いました。
「お客さんが少ないので小ホールに変更だって」
元から機嫌の悪かった音吉は、
「人気ないピアニストなんだよ。もー最悪っ」
なんぞと受付のお姉さんが傍にいるのも構わず吠えまくり、険悪なムードが絶頂に達したところで席に着きました。
しばらくしてステージに現れたのは、小柄で白髪頭のおじいさんでした。柔和な表情で着座すると、しきりに舞台の袖を振り返り、「風が吹いている+寒い」のジェスチャー。会場から笑いが漏れると、「仕方がない」と両手を広げてみせます。
「コメディアンかよ」
と心の中で悪態をついたんですが、演奏が始まると、音吉は瞬時にピアノの奏でる音に引き込まれていきました。
一つ一つの音がコロコロと粒になっているのに、それが集まると水のように滑らかなになる不思議。真夏の街を歩いていて、ビルの玄関から漏れ出る冷えた空気に触れたような清涼感。演目が何であったのかも思い出せないのに、あれから半世紀が経った今でも覚えているのは、おじいさんピアニストの指先から生まれる清々しい音の粒子。それは降り注ぐ光のような、しぶきをあげながら流れ下る水のような音楽でした。
ヴラド・ペルルミュテール(Vlado Perlemuter, 1904 - 2002)。おじいさんは20世紀に名を刻んだ歴史的なピアニストでした。
ペルルミュテールは、ショパンの研究と演奏で名高いアルフレッド・コルトー(Alfred Denis Cortot, 1877 - 1962)に師事し、当初はショパンを得意とするピアニストとしての名声を得ました。
しかし、ラヴェル(Joseph Maurice Ravel, 1875 - 1937)の曲を本人の前で演奏したのを機に、2年間にわたって直々にラヴェルのほぼ全作品について、譜面には書かれていない部分の指示と指導をマンツーマンで受けるという得難い体験をすることになります。
以降のペルルミュテールは、通常の演奏活動はもちろんのこと、ラヴェルの演奏家として、研究者として、そして音楽教育の指導者としての道をひた走りました。ラヴェルの演奏と研究に関してペルルミュテールがどれほどの信頼を集めているかは、たとえば音楽之友社が『ラヴェル ピアノ曲集』全6巻を刊行した際にペルルミュテールの校訂したスコアを採用したことでも分かります。
では作曲者と継承者の関係を耳で確かめてみましょう。まずラヴェルの演奏で『ソナチネ(Sonatine)』を聴いてみてください。1913年にラヴェルの演奏を記録したピアノ・ロールをウェルテ・ミニョン(Welte-Mignon)自動ピアノで演奏したものです。尚、動画に収録されているのは3楽章のうちの1楽章と2楽章です。なぜ3楽章がないかですって? 理由は意外なもので、当の作曲者も演奏できないほど難解な技巧を要したからです。
次はペルルミュテールの演奏です。順に1、2、3楽章です。
どうでしょうか。ラヴェルの意向をしっかりと汲んだうえでプロのピアニストとしての磨きをかけた演奏をしているのがお分かりいただけるかと思います。
参考までにマルタ・アルゲリッチとサンソン・フランソワ、ユリアンナ・アヴデーエワの演奏をアップしておきます。他の聴き比べとは違い、テンポや個性の違いはあっても解釈や構成にそれほどの差がないのがお分かりいただけると思います。あまりクラシックに関心のない方は、
「楽譜があって、その通りに弾いてるんだから差がないのは当たり前」
と思われるかもしれませんが、誰が弾いてもも大差ない演奏になるのは、クラシックの世界では非常に稀なことなんです。これをラヴェルから受けた指示を忠実に後世に伝えたペルルミュテールの功績なのだと言ったら、言い過ぎというものでしょうか。
マルタ・アルゲリッチ(Maria Martha Argerich、1941 - )の演奏
サンソン・フランソワ(Samson François, 1924 - 1970)の演奏
ユリアンナ・アヴデーエワ(Yulianna Avdeeva, 1985 - )の演奏
ペルルミュテールの演奏に接したせいなんでしょうか。元来、性に合っていたからなんでしょうか。それともその両方なんでしょうか。
今の音吉にとってラヴェルの音楽は、ショパンやフォーレ、メシアン、リゲティと同様に、自分の人生にとって欠くことのできない存在です。もしかすると素の自分にとって最も親和性の高い音楽なのではないかとさえ近頃では感じています。
そんな唯一無二の音楽と音吉を結び付けてくれたのは、音吉が生涯でただ一度、行くのを嫌がったリサイタルの老ピアニストでした。しかもこのおじいちゃんはスーパーマンだったのです。