音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ミュージシャンに大人気のミュージシャン ゲイリー・ハズバンド

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 2018年8月1日は、音吉と妻さんにとって忘れられない日となりました。名古屋のジャズ・クラブ「STAR EYES」で、ゲイリー・ハズバンド(Gary Husband, 1960 - )のソロ・ライブを観る機会に恵まれたからです。
 当日の夕方は曇っていて風も吹かず、むっとする熱気が街に籠もっていました。早めにクラブにたどり着くと、入り口の脇にしつらえてあるベンチにちょこんと座り、レターサイズほどの紙に何かを書き込んでいる初老のおじさんがいました。音吉は一見してゲイリー本人だと気付き、声をかけたい衝動に駆られたんですが、たぶんライブの準備をしているんだろうと思い止まりました。暑いせいでしょうか、ときおり少し赤らんだ顔を上げて前方を見つめ、再び紙に向かう様子が印象的でした。身なりや立ち居振る舞いが地味で、顔を知らなければゲイリーに同行してきたスタッフと勘違いしたかもしれません。
 見た目にはその辺のおじさんと変わらないゲイリーですが、彼はドラマーにしてピアニストという極めてユニークな存在で、多彩な才能のゆえに数多くの著名なミュージシャンに請われてセッションを重ねてきたもの凄いアーティストなんです。
 さぞや英才教育を受けて育ったのかと思えば、世のフツーの子供たちと変わらず、ゲイリーもピアノのレッスンを通じてクラシック音楽を学び始めまました。
 実際に彼の演奏を見て納得しましたが、たしかに彼のタッチはクラシック・スタイルでした。ここで詳述はしませんが、クラシックとジャズでは弾き方が違うんです。同じ楽器なのに面白いですね。
 奏法の違いは、当然のように生み出される音色にも現れます。繊細でグラデーションに富んだゲイリーのピアノは、彼がピアノを学ぶ経緯の産物だったんでしょう。

盟友アラン・ホールズワースへの追悼盤『Things I see』のダイジェストです。

 幼いゲイリーはやがてドラムに興味を持ち、ピアノと並行してドラムもレッスンを受けるようになりました。彼はドラム演奏の指導についても高い評価を得ているんですが、正規のレッスンを受けたのは初めだけ。後はプロに出会うたびに都度の指導を受ける程度で、基本は独学でした。それでも13歳の頃には、方々からお声がかかり、公の場でピアノとドラムの演奏を行うようになります。
 イギリスきってのビッグバンド・リーダー、シド・ローレンス(Syd Lawrence, 1923 - 1998)に招かれてドラムを叩いたのは1976年のこと。ゲイリーは16歳でした。

 そして18歳の時に故郷のリーズ(Leeds)を離れてロンドン市民となったゲイリーはプロとしてのキャリアを本格的にスタートさせます。
 1998年には初のソロ・アルバム「Diary of Plastic Box」をリリース。断続的に個人のバンドを結成することはあってもソロ活動が基本で、ドラマーのビリー・コブハム(Billy Cobham, 1944 - )、ギタリストのアラン・ホールズワースAllan Holdsworth, 1946 - 2017)やジェフ・ベックJeff Beck, 1944 - )、トランペッターのランディ・ブレッカー(Randy Brecker, 1945 - )などのアーティストとセッションを行いながら現在に至っています。

 特筆すべきはアラン・ホールズワースとの出会いで、1979年からアランが死を迎える2017年までの30年以上にわたって、二人は互いを音楽のパートナーとして認め合い、主だった活動を共に行いました。
 2014年に音楽ライターの山崎智之氏がおこなったインタビューで、ゲイリーはアランについてこんなことを言っています。

「彼は昔から凄いテクニックを持っていたけど、さまざまな人生経験を積んできたことで、そのギター・プレイにも人間的な厚みと奥行きが生まれたと思う。アランとの活動が、自分にとって本格的なキャリアのスタートだと考えているんだ。それ以前にもビッグ・バンドで3枚ぐらいアルバムを出したし、セッション・ワークはやってきたけど、扉を開け放ったのは『I.O.U.』(1982)だったと思う」

(出典:ゲイリー・ハズバンド・インタビュー/超一流ドラマーが語る、超一流ミュージシャン論 https://www.yamaha.com/ja/journalist/news.php?no=15016

 アラン・ホールズワースについては後日、別個にスレッドを立てますね。過去半世紀に遡ってみて、アランは間違いなく偉大なギタリストの一人であると思いますので。日本では一般的にはあまり知られていないんですが、プログレッシブ・ロックのファンやギタリストを志す人にとっては、まさにレジェンドなんです。
 ゲイリーが後進の指導に力を入れていることは先に紹介した通りですが、これはギターの指導に熱心だったアランの影響なんじゃないかと音吉は想像しています。アランの思いをバトンタッチしていきたいという思いのゆえだすれば、創作とは違う意味で多大な労力を要する教育や指導に多忙なゲイリーが腐心するのも納得がいきますから。

 クラシック、ジャズ、フュージョンプログレッシブ・ロックと様々なジャンルを己の血肉として新たな境地を切り開いたゲイリーの音楽は、ボヘミアン・グラスのように透明感が高く、繊細です。ドラミングでさえ、ビートの効いた力強さというよりは、雨のしずくが軒下で奏でるような細やかな美しさに満ちています。

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 画像のように様々なキーボードとバラバラのドラムセット、エフェクターシーケンサーなどのデバイスが狭いスペースに配置してのソロ演奏。どうすればこのコックピットみたいな空間からあんなサウンドが生まれるのか不思議でなりません。
 この一見フツーのおじさんは、正真正銘の音の魔術師に違いないと音吉は信じています。