音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

金延幸子とNHK少年ドラマシリーズ『とべたら本こ』テーマ曲

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 小学2年生の時、音吉は都会から田舎の学校に転校しました。そこで待ち受けていたのは、豊かな自然でもなければ純朴な友達でもなく、壮絶な虐めでした。
 それも小学校を卒業するまでの4年間です。3年生までは、チラホラとあった虐めを先生がカバーしてくれていたのですが、4年生から6年生まで続けて担任となった先生は、よほど音吉とウマが合わなかったのでしょうか。信じられないかもしれませんが、先生が虐めを容認し、時にはクラスを率いての虐めを行ったのです。クラスをまとめたがる先生で、当時大流行だったスポ根ものや青春ドラマの大好きな先生に、
「先生は和とかクラス一丸とか言うけど、どうしてバラバラじゃいけないんですか?」
 なんてことを学活で発言したりする音吉が目をつけられちゃったのは自然な成り行きだったのかもしれませんが。
 どんなふうに虐められたのかについては、未だにトラウマになっているので具体的には申しませんが、小学6年生の時に自傷行為に及ぶほどのレベルでした。
 何よりも辛かったのは、両親が虐めに対して両成敗的な立場にたっていたことでした。
「虐めは悪いかもしれないけれど、虐められるあなたにも問題があるはず」
 虐めに対して当時の大人がとった一般的な立ち位置ですから、今現在の通念から両親を非難するのは的外れなのですが、最後の避難場所を失った少年にとっては、
「もう自分の居場所はない」
 という気持ちになったのは当然のことでした。
 そんな時に、音吉は一冊の本に出会いました。
 『とべたら本こ(1960)』というタイトルの自動文学書。『あばれはっちゃく(1970)』や『ぼくがぼくであること(1969)』、『ボクラ少国民シリーズ(1974 - 1981)』で知られる山中恒(1931 - )さんの作品です。
 時代は昭和33年。貧困層の家庭に育ったカズオという11歳の少年が主人公の作品なんですが、大人の持つ欺瞞や汚さを描く一方で、カズオ自身の抱える矛盾(嘘や嫌がらせ、猫への虐待等々)をも詳述して、他者や自分自身に裏切られ傷付きながら成長し、最後に自分の居場所を見つけるといういうストーリーでした。
 自分と同世代の、等身大の少年の苦しみと成長の過程を描いた架空の物語は、音吉に逃げ場を与え、立ち直るチャンスを与えてくれることになります。
「今のままの自分でいいんだ」
 という、確信とも開き直りともいえる割り切った気持ちが何かを変えたのでしょう。卒業して件の担任教師と縁が切れ、中学に上がると同時に、虐めはなくなり、それどころか多くの友人に恵まれるようになったのです。

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 そんな中学生活が始まってほどなく、なんとNHK少年ドラマシリーズで『とべたら本こ』の放送が始まりました。1972年の5月6日から27日の午後6時5分からの30分枠で計4話の構成でした。音吉が言葉にならない様々な思いでドラマを観たのは言うまでもありません。
 未だに忘れられないのがドラマのテーマ曲です。オープンリールの録音機で音は録ったのですが、誰が歌い、レコードはあるのか等々の詳細はまるで分からず、NHKに往復ハガキで問い合わせたのですが、返信はありませんでした。金延幸子(1948 - )さんというシンガーソングライターが歌っていたと知ったのは、ネットが普及し情報が溢れるようになった21世紀のこと。所在が分からなくなってしまった録音テープに代わる音源がYouTubeとCDで手に入ったのも、たかだか数年前です。
 金延幸子さんは1968年にデビューし、高い音楽性を評価されながらも当時のフォーク・ファンの間では話題にならず、興行的には目立った成果をあげることはありませんでしたが、いま聴いても「どうしてこんなに素晴らしい歌手が埋もれてしまったんだろう」と思えるほどの素晴らしいアーティストです。金延さんについては、いずれ単独で紹介したいと思います。
 さてドラマ『とべたら本こ』のテーマ曲ですが、第1・2話と3・4話で歌詞が違います。

第1話・第2話の歌詞:
言いたかないんだ嘘つきこつき、
本こは言えない男の子。
約束破ればまんねんじん。
いやならカラスに、羽ちょっと借りて。
おためしおためし、とべたら本こ
おためしおためし、とべたら本こ
おっかねえ母ちゃんに教えたろ。

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第3話・第4話の歌詞:
泣きたかないんだ弱虫こ虫、
本こじゃ泣かない男の子。
叱られ泣き真似まんねんじん。
いやならひよこに、羽ちょっと借りて。
おためしおためし、とべたら本こ
おためしおためし、とべたら本こ
優しい母ちゃんに言ったげよ。

www.youtube.com

 ちなみに「とべたら本こ」とは、神奈川の子供たちの間で流行ったゴム跳びのひとつで、「試し跳びが上手くいったら本番だよ」という意味だそうです。
 最後に音吉が遭った虐めの後日談を書きます。
 中学の卒業式を終えた音吉は小学校に直行しました。虐めの音頭をとった先生に会って、なぜ虐めを主導したのかを問いたかったからです。数年ぶりに再会した先生は、音吉が成長したためか小さく見え、質問にはしどろもどろでロクに答えてもくれませんでした。なんだか哀れになった音吉は会話を中途半端に打ち切り、学校を後ににしました。
 それから50年が経った昨年、還暦を祝う中学の同窓会が行われることになり、音吉は数十年ぶりに、当時の友人達との再会を果たしました。挨拶をして回っていた時のことです。音吉を虐めた何人かの友人が、
「あの時のことを赦してほしい」
 と声をかけてくれたんです。ずっと謝罪したかったのにできずにいたとのこと。謝罪を受け入れたのはもちろんなのですが、その時に気付いたんです。虐めで傷付いたのは音吉だけではなかったのだと。むしろ音吉は、ある時期から(無意識にそうしたんだと思いますが)虐めに関わる記憶を忘れていたんですが、虐めに加担した友達は、音吉以上にわだかまりを抱えてきたんです。
「何十年も嫌な思いを抱えてきたんだね。僕のほうこそ本当にごめん!」
 と本心から言え、固い握手を交わすことができました。未だに思い出すのも辛い経験ですが、こうして文字に起こすことができる程度には昇華できているんですね。虐めたのも友達なら、救い上げてくれたのも友達なのだと思います。