音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

初めて買った現代音楽はメシアンの『アーメンの幻影』

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 現代音楽と呼ばれるジャンルのレコードを音吉が初めて買ったのは小学5年生の時でした。
 それまで熱に浮かされるようにショパンを聴いていた音吉でしたが、憧れのショパン弾きだったサンソン・フランソワ(Samson François, 1924 - 1970)が1970年10月22日に亡くなったのを機に魔法が解けたんでしょうか。音楽の関心が現代音楽にぐらりとシフトしたんです。
 もちろん、きっかけもありました。NHK-FMで放送されていた「現代の音楽」という番組で、たしかNHKのディレクターで音楽評論家の上浪渡(1925 - 2003)さんが担当していた頃だったと思いますが、クセナキスやペンデレッキ、ベリオ、リゲティなどの音楽を知ったのは「現代の音楽」のおかげだと思います。ただ、この番組は夜中の23時からのスタートで、番組が終わるとクロージング・アナウンスでFM放送が終了するという時間帯だったので、毎回、母親に叱られながらのリスニングとなりました。
 しかも、あまり音楽に関心がなかった音吉の母は、小学生が深夜帯に得体の知れない音楽を聴くさまが相当に不気味だったようで、
「あの子、放っておいて大丈夫なの?」
 と父親に漏らしていたという話を大人になってから聞きました。
 現代音楽のレコードを買うようになって子供心に奇妙だったのは、レコード店クラシック音楽のコーナーに現代音楽のレコードが置いてあったことです。
「クラシックと呼んでいるのは西欧起源の音楽。その現代版はクラシックの現代音楽ってこと? んなの変じゃん!」
 って、両親やピアノの先生に愚痴ってました。大人たちは困った顔をしただけで相手にしてくれませんでしたが。
 さて、音吉が買った初の現代音楽のレコードは、高橋悠治(1938 - )とピーター・ゼルキン(Peter Adolf Serkin, 1947 - 2020)によるオリヴィエ・メシアン(Olivier-Eugène-Prosper-Charles Messiaen, 1908 -1992)の『アーメンの幻影(または幻視、"Visions de l'Amen")』でした。
 実をいうと、このレコードは本当に欲しかったものではありませんでした。手に入れたかったのは番組で聴いたルチアーノ・ベリオ(Luciano Berio, 1925 - 2003)の作品でしたが、当時のレコード店(今ですらそうです)にこんな「売れない」商品が並ぶはずもなく。
 この不承不承の出会いが、その後の音楽観と宗教観に強い影響を与えることになるなんて、人生とは真に不思議です。
 メシアンは、20世紀を代表するフランスの作曲家にして偉大な音楽教師、そして自身、卓越したオルガニストでピアニストでもありました。
 彼の音楽の特徴は、ある意味「分かりやすい」ということでしょうか。とはいえ単純という意味ではありません。西洋絵画でいえばパウル・クレーの絵に覚える印象に例えられるでしょうか。具象ではないけれど、どこかに感情移入のできる余地があって取っつきやすいんです。それ故「もはやメシアンは現代音楽の古典」なんぞという、言いたいことは分かるけど止めといたほうがいい表現で語られることもあるんですが。
 もう少し具体的に述べますと、彼の音楽は大きく3つの特徴があると思います。
 ひとつは、優れて音に色彩を感じることができるということです。彼自身が「色と音の共感覚」と表現していますが、ひとつの音がひとつの色彩を表し、それが複雑に交錯して一枚のステンドグラスを形作るイメージですね。音吉はそんな解説も知らずにレコードに針を落としたんですが、まさにこの共感覚に囚われてメシアンの世界に引き込まれたといえます。偶然にも音吉は、自分が音に対して抱いていた本質的な感覚が何であったのかをメシアンで知ったのです。
 二つ目は、鳥の鳴き声に深いインスピレーションを受けていることです。鳴き声が刻む複雑なリズムや、西洋音楽の12音階(オクターヴなど音程を均等に周波数比で割った音律。いわゆる12平均律)ではカットされてしまう音程の豊かさに注目し、それを平均律に基づいて設計された西洋の楽器でどう表現すればいいのかという課題に挑戦したといえばいいでしょうか。鳥の鳴き声を五線譜に採譜する試みを生涯にわたって続け、1962年に来日した際も、軽井沢を訪ねてホトトギスを初め、日本の鳥の声を採譜しています。
 三つ目は、鳥の鳴き声に見出したリズムの可能性を探求したことで、最たるものが「非可逆リズム」です。こう言うと何だか面倒なお話に思われるかもしれませんが、ぶっちゃけ譜面通りにみても逆からみてもリズムが同じ、つまり「竹藪焼けた」みたいな回文と同じことになったものが非可逆リズムなんです。ところで、よく「逆行できないリズム」という解説が見られますが、あれって間違ってるんじゃないでしょうか。お分かりの方、レクチャーして頂ければ幸いです。

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 冒頭でアップしたのは第二次世界大戦中の1943年に発表された『アーメンの幻影』の第5曲、『天使たちと諸聖人、そして鳥たちの歌のアーメン(Amen des Anges, des Saints, du chant des oiseaux)』です。演奏は第一ピアノがイヴォンヌ・ロリオ、そして第二ピアノがオリヴィエ・メシアン。1962年の録音です。
 1940年、ユダヤ人であったが故にドイツ軍に捕らえられ、ドレスデン強制収容所に収容されていたメシアンは、翌1941年に解放されてパリに戻り、パリ音楽院の教授職を得たんですが、そこでイヴォンヌ・ロリオ(Yvonne Loriod, 1924 - 2010)という才気溢れる女性に出会いました。彼女は学生でしたが、メシアンは彼女のピアニストとしての才能に深い影響を受け、それまでオルガン曲で表現してきた神学的なテーマをピアノ曲として作曲する試みを始めます。それで生まれたのが『アーメンの幻影』でした。
 この曲は7つの楽曲で構成されており、独特ながら深いメシアンの神学的な理解が見事に音楽となっています。「アーメン(אָמֵן)」という言葉は、ヘブライ語で「真にその通りです」とか「そうでありますように」といった意味ですが、キリスト教徒は「主よ、その通りです」という神への同意を表すために唱えます。『アーメンの幻影』は、作曲と演奏という創造的な行為を通じ、神が人に、人が神にすべてを与えることによって一になるヴィジョンを表す音のステンドグラスであるといえるでしょう。