音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ギヨーム・ド・マショーとアルス・ノヴァ

 プレトリウスの記事で書いた父のレコード全集の中で、ひときわ音吉少年を魅了した作曲家がいました。ギヨーム・ド・マショー(Guillaume de Machaut, 1300[?] - 1377)です。

 ギヨーム・ド・マショーは14世紀の西欧を代表する作曲家にして詩人です。シャンパーニュの貴族マショー家に生まれ、聖職者としての経歴を経た後にランス・ノートルダム大聖堂の要職に就き、フランス各地のパトロンに仕えて生涯を過ごしました。

 当時の西欧は、先の世紀に十字軍が事実上の失敗に終わって教皇アヴィニョン捕囚にみられるような教会分裂が発生し、百年戦争も勃発するなど、教会や封建領主、騎士階級を軸とした中世世界が次第に崩壊を始めた時期でした。そして羅針盤が開発されるなど、合理的な思考によったルネサンスの基盤が形成され始めた時期でもありました。

 こうした流れは音楽の世界でも例外ではなく、フィリップ・ド・ヴィトリ(Philippe de Vitry, 1291 -1361)の音楽理論書の名を冠した音楽様式『アルス・ノヴァ(Ars nova)』が14世紀の西欧を席巻し、その後の西洋音楽の礎となっていきます。

 アルス・ノヴァとは新技法のことで、基本的にはリズムの分割と記譜の仕方を体系化し、それに基づいた音楽を創造することであるといえます。たとえば今でこそ当たり前のシンコペーションやイソリズム (定形反復リズム, isorhythms) はアルス・ノヴァによって見いだされたものです。

 マショーは、このアルス・ノヴァを代表する存在で、現代の音楽史家がアルス・ノヴァを研究するにはマショーを調べさえすればいいといわれるほどです。

 彼はアルス・ノヴァに基づく複雑な音楽を作曲していますが、論より証拠でイソリズムを用いた『ダヴィデのホケトゥス(Hoquetus David)』を聴いてみてください。

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 ホケトゥスとは音楽で表現したしゃっくりのこと。リズムの反復に旋律を載せ、それを複数の演奏者(歌手)が一音ずつ交互に演奏する(歌う)手法で、現代でもジョン・ケージオリヴィエ・メシアンがよく用いています。

 因みに演奏しているのは、夭折の古楽器奏者デイヴィッド・マンロウ(David Munrow, 1942 - 1976)率いるロンドン古楽コンソート(The Early Music Consort of London)です。明るく伸びやかな音がいいですね。

 マショーの作品で最も有名なのは『ノートルダムミサ曲(聖母マリアのミサ曲,  Messe de Notre Dame)で、名演奏家のレコーディングも多いのですが、マショーの遺した曲は宗教曲よりも世俗曲のほうが圧倒的に多いので、世俗曲『ナバラ王の裁き』の一曲を古楽界の雄、アンサンブル・ジル・バンジョワ(Ensemble Gilles Binchois)の演奏で聴いていただきたいと思います。どことなくビンゲンのヒルデガルトを思わせる曲調ですね。

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