音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

大震災の被災地を慰問した合唱団『アヌーナ』

 東日本大震災が発生した2011年12月、放射能汚染を恐れて海外のアーティストが次々に来日を取りやめる中、アイルランドからコーラス・グループが日本を訪れ、被害の爪痕も生々しい被災地の慰問を行いました。被曝の危険性を日本人以上に強く感じていた海外の人々が被災地を訪れるのは、どれほどの信念と勇気の要ることだったでしょうか。動画は福島第一原子力発電所から40キロに位置するいわき市小名浜第一小学校で行われた慰問コンサートの様子です。

 この混声合唱団の名は「アヌーナ(Anúna)」。ダブリンを拠点として活動していた作曲家のマイケル・マクグリン(Michael McGlynn, 1964 - )によって1987年に結成され、1991年までは「An Uaithne [uənʲə] 」という名前を冠していました(以下、ゲール語については発音が難しくカタカナ表記を諦めます)。
 「An Uaithne」とは、古代アイルランド音楽形式であるGoltraí (嘆きの歌)、Geantraí (喜びの歌)、Suantraí (子守歌)の総称で、アヌーナはこれを軸に据えている合唱団なんです。
 創設者のマクグリンはこんなことを言っています。
「(アイルランドの)伝統的な歌への関心は大学時代に芽生えました。とくに中世アイルランドの音楽を探求し、それを世間に広める必要があると感じたのです」(The Journal of Music in Ireland : January/February edition 2002)

12世紀のアイルランドの歌をマクグリンがアレンジしたものです。

 スコアが残っていれば簡単にいにしえの音楽を再現できるというのは素人考えというもので、一度廃れてしまった音楽を資料から再構築するのは至難の業。マクグリンはこの地味でありながら労力を要する作業に挑戦し、アイルランドに残るカビ臭い写本から生き生きとした音楽を次々に再現していきました。
 ただ、マクグリンは次のようなことも言っています。
「誤解しないで頂きたいのですが、私はアイルランドの伝統音楽を保存することにはあまり関心がないのです。伝統主義者ではありませんから。(元歌を)そのまま歌うこともありますが、多くは(元歌から得た)インスピレーションによる新たなメロディです。アレンジしたものではなく、伝統的な形式(An Uaithne)に再び命を吹き込んだ新たなバージョンなのです」(Rossow, Stacie Lee, "The Choral Music of Irish Composer Michael McGlynn", 2010)

マイケル・マクグリンの作詞・作曲です。

 中世に存在した歌を再生することではなく、蘇らせた音楽形式と思想によるマクグリンの作曲した新たな曲を歌い、世に広める役割を果たしているのがアヌーナということでしょうか。
 マクグリンはアヌーナのメンバー構成についてもユニークな発想を持っていて、プロとして訓練されたメンバーと専門の訓練を受けていないメンバーを混ぜて得られる効果に醍醐味を感じているようです。そうすることである種のバトルが生じ、パフォーマンスは少々ラフになっても、それに勝る強いエネルギーが生じるというんです。面白い考え方ですね。より自然なコーラスになるという効果も得られるようで、こんな発言もしています。
「アヌーナのサウンドは力強く、壊れやすく、即興的かつ人間味に溢れるものです。それは以前に私が所属していた合唱団でみられた不自然な性質への抗議のようなものでしょうか」( Marrolli, Karen, "An Overview of the Choral Music of Michael McGlynn with a Conductor’s Preparatory Guide to His Celtic Mass", 2010: "Archived copy". Archived from the original on 13 March 2012. Retrieved 4 April, 2011)

 次にアップする『エルサレム(Jerusalem)』ですが、途中からオーバーダブした音響効果のように歌声がズレていく箇所がありますが、これは実際にそう歌っているんです。コンサートでこれを聴いた音吉は、あまりの美しさに総毛立ちました。作曲家としてのマクグリンの才能と、合唱団としてのアヌーナの実力に打ちのめされる思いでした。

 現在、アヌーナはメゾ・ソプラノ歌手でソロ活動も行っているミリアム・ブレナハセット(Miriam Blennerhassett, )が合唱団のマスターを務めていて、2017年にはマクグリンと人間国宝観世流シテ方能楽師第56代梅若六郎の共同監督によるパフォーマンス「高姫」をオーチャードホールで上演したり、ゲームやアニメ音楽で有名な作曲家の光田康典(1972 - )のゲーム音楽に参加するなど、日本との関係を強めています。

 今回は最後にアヌーナの『もののけ姫』を聴いていただきたいと思います。音吉は原曲よりも胸を打つ出来映えだと感じています。