音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ビリー・ホリディの『奇妙な果実』

 音吉が少年だった頃の日本は高度経済成長期の真っ只中。そしてマスコミから伝わる海外のニュースは米国一色でした。ケネディ大統領の暗殺やベトナム戦争などなど、印象深いニュースだけでもキリがないほどですが、キリスト教徒だった両親の関心事に強い影響を受けたんでしょうか。キング牧師の言動とアフリカ系アメリカ人公民権運動は、内容はよく分からずとも「とても大切なお話」として、子供だった音吉の心に刻み込まれることになりました。

 人種差別、わけてもアフリカ系アメリカ人の歴史的な苦悩を語るうえで無視することのできない一曲があります。『奇妙な果実(Strange Fruit)』です。

 作詞・作曲はニューヨークのブロンクスで教師をしていたロシア系ユダヤ人のエイベル・ミーアポール(Abel Meerpol, 1903 - 1986)。1930年にフォトグラファーのローレンス・バイトラー(Lawremce Beitler, 1885 - 1960)が撮ったアフリカ系アメリカ人へのリンチ殺人の写真を見て強い衝撃を受け、1937年に共産党系の教師組合紙に『苦い果実(Bitter Fruit)』として詩を発表。その後にメロディを作曲し、彼のペンネームであるルイス・アレン(Lewis Allan)名で『奇妙な果実(Strange Fruit)』として世に送りました。

 不思議なことにジャズ・シンガーのレジェンド、ビリー・ホリディ(Billie Holiday, 1915 - 1959)は自伝(”Lady Sings the Blues”, 1956)で、『奇妙な果実』はエイベルとの共作であると主張しているようです。しかし、ビリーがグリニッジ・ヴィレッジのナイトクラブ「カフェ・ソサイエティ(Café Society)」で歌う一年前の1938年、エイベルの妻ローラ・ダンカン(Laura Duncan, 生没年不明)がマジソン・スクエア・ガーデンで歌っていますし、その歌を聴いたバーニー・ジョセフソン(カフェ・ソサイエティの創始者 Barney Josephson, 1902–1988)も「自分がビリーにこの曲を紹介した」という旨の発言もしていますから、同曲はエイベルのものとみていいでしょう。

 虐殺され、木に吊るされたアフリカ系アメリカ人を果実に見立てたプロテスト・ソングを歌うのは、当時の米国では歌手としてのキャリアを棒に振る恐れがあるだけではなく、我が身を死の危険に晒す行為でもありました。ビリーがカフェ・ソサイエティで初めて歌ったときも、歌い終えた後に聴衆の沈黙が続き、ビリーは「歌うんじゃなかった」と悔やんだそうです。しかし一人が拍手をしたのをきっかけにホールには聴衆の拍手が鳴り響きました。これは歌やビリーの成功には違いありませんでしたが、同時に、歌を通じて人種差別に対する抗議が人種を超えて共有された瞬間でもあったのです。

 もちろん人種差別の壁が簡単に克服できるはずもなく、ビリーが『奇妙な果実』を録音してレコード化しようとした時は、企画を持ち込まれたコロンビア・レコードは世間の反発を恐れて自社からはではなく、系列のコモドール・レコード(Commodore Records)に発売させるという、なんとも姑息な手段を取ったのですが、結果は大当たりでした。発売後まもなくレコードの発売は100万枚を突破し、1939年の米国でのミリオンセラーとなったのでした。

 近年でも1999年にタイム誌が「20世期における最高の歌」と認定したり、2010年には英国のニュー・ステイツマン(New Statesman)誌が「トップ・ポリティカル・ソング20」の一曲に選出するなど『奇妙な果実』は、未だに燻り続ける人種差別に抗議する精神的支柱として、今なお高い評価と栄誉を受け続けています。

 

Southern trees bear strange fruit,

Blood on the leaves and blood at the root,

Black bodies swinging in the southern breeze,

Strange fruit hanging from the poplar trees.

Pastoral scene of the gallant south,

The bulging eyes and the twisted mouth,

Scent of magnolias, sweet and fresh,

Then the sudden smell of burning flesh.

Here is fruit for the crows to pluck,

For the rain to gather, for the wind to suck,

For the sun to rot, for the trees to drop,

Here is a strange and bitter crop.

 

南部の木は奇妙な実をつける

血の滴る葉と根

南部の風に揺れる黒い体

ポプラの木々に垂れ下がる奇妙な果実

「勇敢なる南部」の田園風景

膨らんだ眼と歪んだ口

モクレンの甘く爽やかな香り

そこに突然、漂う肉の焼ける臭い

カラスについばまれる果実がある

風雨に晒され、

日差しで腐り、

木々から落ちる、

奇妙で苦い作物がある

 

www.youtube.com