音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』

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 音吉が中学生になって買ってもらったいちばん高価なものは、ソニーのマルチバンド・ラジオでした。スカイセンサー5500(ICF-5500A, 1973年発売。\18,800)といって、上位機種のスカイセンサー5800(ICF-5800, \20,800)とともに当時の日本に一大ブームを巻き起こしました。

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 音吉にとってはFMで音楽が聴けて、AMで深夜放送が聴けて、さらには短波で海外の放送をキャッチできるスカイセンサーは、まさに玉手箱でした。
 ある日のことです。FEN(Far East Network, 現AFN)を聴いていたら、もの凄いダミ声の歌が聞こえてきました。思わず吹き出してしまうようなガラガラに割れた声なのに、次第に感動が湧き上がってくる不思議な歌でした。
 一度聴いただけで覚えられる親しみ深いメロディだったので、家に出入りする学生さんたちに片っ端から歌ってきかせてみたら、何人目かで、
「そりゃサッチモ(Satchmo)の歌だよ」
 という返事が。
サッチモって名前なの?」
「ニックネームだね。ルイ・アームストロングLouis Armstrong, 1901 - 1971)っていうジャズのトランペッターさ。歌も歌うけどね。何年か前に亡くなったけど、偉大なミュージシャンだよ」
 ジャズ? ジャズって、街の地下なんかにある酒場の音楽じゃん。でも音吉が聴いたのは、そんなんじゃなかった。どっちかっていえば、散歩に出かけて辺りの景色を楽しんでいるような感じの音楽だったけどなぁ。
 これが『What a Wonderful World(邦題:この素晴らしき世界)』という歌であることと歌詞を知ったのは高校生の時でした。
 作詞・作曲は音楽プロデューサーのボブ・シール(Bob Thiele, 1922 - 1996)とソングライターのジョージ・デイヴィッド・ワイス(George David Weiss, 1921 - 2010)。ただしボブはペンネームのジョージ・ダグラス(George Douglas)でこの曲のクレジットを登録しています。
 1967年にリリースされた『What a Wonderful World』は、全米ではビルボード誌の年間トップ100にも入らない売れ行きだったものの、全英ではチャート1位のヒットを記録しました。
 日本でも数々のCM(最近ではソフトバンク)で使われ、歌詞も相まって、一般には人生賛歌の傑作として親しまれています。
 ところで、この曲が実は「世界がそうあってくれたらいいのに」という思いで作られたものだ、と言ったら信じますか?
 当時のアメリカは、泥沼化したベトナム戦争の真っ只中にありました。当初、国民の多くが信じていた「戦争の正義」は、現地のジャーナリストが次々に発信する戦争の悲惨と帰還兵の証言によって崩れ去り、1960年代の後半は「戦争を引き起こしたのは自国の保守主義と男性優位の価値観」とする若者たちの間にヒッピー(Hippie, Hippy)文化が広まりつつありました。今のアメリカと同様、社会の分断が先鋭化した時代だったのです。
 作詞をしたボブは、こうした自国のありさまと戦争の悲惨を憂え、来るべき理想の世界を歌に託したのでした。
 歌うルイ・アームストロングにとっても、この歌には深い思いがありました。もちろん米国民としてのベトナム戦争への思いはボブと変わらぬものがあったと思います。

 しかし人種差別に翻弄され続けてきたアフリカ系アメリカ人の彼にとって、穏やかで何気ない日常こそが素晴らしい世界なのだというメッセージは、理不尽な現状に歯を食いしばる思いに裏打ちされたものでもあったのです。
 ちなみにサッチモというニックネームは、「satchel mouth(がま口のような口)」を記者が聞き違えたとする説や、「Such a mouth(なんて口だ!)」から来たとする説など諸説あるのですが、どちらにしてもアフリカ系アメリカ人に対する侮蔑を感じる不快なお話ですね。
 アフリカ系アメリカ人が大統領となった後でも続く人種差別と国民の分断。アメリカは今なお苦しみのさなかにあります。翻って日本はどうでしょうか? 差別や分断は存在しないのでしょうか? "What a wonderful world!" と言えるのでしょうか?