音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

神々を召喚するガムラン

 世界には無数の民族音楽があります。もっとも民族音楽というコンセプトは、何かスタンダードなものを想定して、それから外れたものが民族音楽と括られているわけで、音吉的には「なんだかなぁ」なんですが。これは大きなテーマなので、改めて別の機会に考えてみたいと思います。

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 さて今回は、そんな民族音楽のひとつであるガムランGamelan)を取り上げたいと思います。
 日本人に大人気のバリ島でガムランが盛んなせいか、ガムランがバリ島に特有の音楽であると思う人は少なからず。実際は、ジャワ島とマドゥラ島、バリ島を中心とするインドネシア全域を始め、マレーシアやフィリピンの一部を含む広域で演奏される打楽器と鍵盤打楽器によるアンサンブルの総称がガムランなんです。
 個々の楽器や奏法については専門的になりすぎるので触れませんが、外せないポイントをざっくりと整理してみたいと思います。
 まず歴史からいきましょうか。

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 ガムランの歴史は非常に古く、ヒンドゥー教と仏教を軸とする大インド圏(Greater India)にインドネシアを中心とする地域が飲み込まれる前に母体となる音楽は成立していたものと思われています。現在、私たちが親しんでいるガムランは、それに歌唱スタイルやワヤンクリット(Wayang kulit, 影絵芝居)などのインド文化が融合したものと考えていいでしょう。
 次にガムランの多様性について整理しましょう。
 先に述べたように、ガムランは広域文化。各地域のガムランがあり、例えばバリ島だけでも数十種類にも及んでいます。
 こうした多様性は楽器の種類や組み合わせの違い、鍵盤打楽器ならではの複雑なチューニングの違い、曲のレパートリーや様式、そして地域ごとに異なる文化上の背景などによって生まれています。ちょっと深堀りしますが、「複雑なチューニング」とは、複数の楽器の調律を微妙にずらすことによって音のうねりを生み出すオンバ(ombak)という手法を用いているという意味です。A音+B音で新たなC音を得るんです。すごい発想ですよね。
 さらに大きな違いをもたらしたのは、ガムランを支える土壌の違いです。
 ガムランには、宮廷の伝統行事のためのものと、一般の人々による冠婚葬祭や他の祝い事に用いられるものがあり、別個の発達を遂げて着た結果として、私たち外国人が聴いてもそれと分かるほど違うものになっているんです。今回は、この違いを楽しんでみたいと思います。
 まず民衆のガムランを聴いてみましょう。バリ州ギャニャール県ウブド郡のプリアタン(Peliatan)村での公演です。途中からダンスも入ります。

 ワヤンクリットとの組み合わせでもご覧ください。現代のワヤンクリットを代表するチェン・ブロン(Cenk Blonk)の公演です。

 次は、宮廷のガムランです。1971年にジョクジャカルタのパクアラマン宮殿で録音されたものです。戸外で鳥たちがガムランに同調するかのように鳴いて幻想的です。 

 最後は見にくい動画なんですが、19世紀末に撮られたものなのでご容赦ください。大変に貴重な映像です。音楽は1991年にブレーメンで開催されたガムラン・フェスティバルのパフォーマンス用に被せたものです。

 聴いてみれば敢えて言うまでもないんですが、大変に複雑で高度な音楽であることが分かります。コテカン(kotekan)という二つのパートを組み合わせると別の旋律が浮き上がるという二項対立的な作音技法が用いられているのはガムランぐらいじゃないでしょうか。
 神々を召喚するために生まれたガムランには精霊が宿るといわれていて、演奏の際には花を飾り、線香を焚くそうです。また演奏者は靴を脱いで精霊に敬意を払わなければなりません。精霊を怒らせると人々に害をもたらすと信じられているからです。
 これを迷信と片付けるのは簡単です。ですが、その「迷信」を信じる人々が崇高な音楽や踊りを生み出し、信じない人々が荒れた文化に沈溺し自然を破壊する現状はどう考えればいいのでしょうか。西欧のルネサンスが開けてしまったパンドラの箱からは人間中心主義が飛び出しました。ガムランが幽玄な響きの奥底からこれに「否」を突き付けているように思うのは、音吉の思い過ごしでしょうか。