音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

作曲家による自作自演の録音とロウ管蓄音機

f:id:riota_san:20200803023636j:plain

 自作自演というと、なんだか嘘つきのアリバイみたいですが、今回は作曲家が自分の作品を演奏するという本来のお話です。それも19世紀末から20世紀初頭にかけての作曲家が遺した自作自演の録音なんです。
 管の表面にロウを塗ったロウ管(wax cylinder)を機械にセットし、シリンダーを回転させながら表面に音の振動を針で刻むことによって録音し、再生する時はこの音溝を針でトレースしながら音を拡声させるというロウ管蓄音機をエジソン(Thomas Alva Edison, 1847 - 1931)が開発したのは1877年のことです。
 音楽ではありませんが、1877年の記念すべき録音を聴いて頂きましょう。エジソンが『メリーさんの羊』歌詞の一部を朗読しています。文字と照らし合わせて聴いて頂ければ分かりやすいかと思います。
 "The first words I spoke in the original phonograph. A little piece of practical poetry. Mary had a little lamb. Its fleece was white as snow. And everywhere that Mary went, the lamb was sure to go."

 1887年にエミール・ベルリナー(Emil Berliner, 1851 - 1929)が開発したお馴染みの円盤形のグラモフォン(gramophone record)に比べればはるかに音質は悪かったものの、再生だけではなく録音もできたロウ管蓄音機は、今でいえばICレコーダーのような記録媒体として、主にアメリカで高い人気を誇っていました。
 手軽に音を保存できる機械となれば音楽に携わる人々が放っておくはずもなく、新しいもの好きの音楽家の中には自作曲の自演をロウ管蓄音機で録音する人がチラホラと現れるようになります。
 現存しているものでいちばん古いのは1889年のブラームスJohannes Brahms, 1833 - 1897)によるもので、本人の肉声とハンガリー舞曲(Ungarische Tänze)第1番が録音されています。声は辛うじて聞き取れますが、音楽のほうは残念ながらほとんど聞こえません。

 次は1890年に録音されたチャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky, 1840 - 1893)とアントン・ルービンシュタイン(Anton Grigoryevich Rubinstein, 1829 - 1894)の肉声です。ただこの録音には他に4人の声も入っていて、いったいどれがチャイコフスキーのものかが残念ながらよく分かりません。

 20世紀に入るとロウ管も改良が進み、硬質ワックスやセルロイド管などが開発されると、音質が飛躍的に向上することになります。1904年に録音されたサン=サーンス(Charles Camille Saint-Saëns, 1835 - 1921)の自作自演を聴くと、音質の差に驚かされます。曲は『かわいいワルツ(Valse mignonne)op.104』と『のんきなワルツ(Valse nonchalante)op.110』です。


 さらに10年の月日が流れた1913年には、ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862 - 1918)とフォーレ(Gabriel Urbain Fauré, 1845 - 1924)が自作を録音しています。曲は、ドビュッシーがベルガマスク組曲(Suite Bergamasque) の『月の光(Clair de Lune)』、フォーレは『パヴァーヌ(Pavane op.50)』です。

 最後は1922年録音のラヴェル(Joseph Maurice Rave, 1875 - 1937)に締めくくってもらいましょう。曲は『亡き王女のためのパヴァーヌ(Pavane pour une infante défunte)』です。