音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

リパッティとモーツァルトの『ピアノ協奏曲第21番』

www.youtube.com

3楽章のみです。全曲を聴きたい方はこちらをどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=8z72vIfeINo

 

 子供時代にクラシック音楽に親しみ、モーツァルトが嫌いだったという方は、あまりいないんじゃないでしょうか。明快で愛らしいモーツァルトの音楽は、無防備なようでその実、ガードの堅い子供たちの心の鍵を、いともカンタンに外してしまう力を持っています。
 ドイツにいた時も、ご近所の小学校の子供たちが、音楽の授業で『魔笛(Die Zauberflöte)』の観劇に行くと知って知人に、
「ずいぶんと贅沢な授業だね」
 と半ばやっかみ半分に尋ねたら、
「ドイツやオーストリアじゃ小学校の年中行事だよ。もちろん全部じゃなくて、途中に説明を加えながらの音楽教室みたいなもんだけど」
 という答えが返ってきました。ドイツ語圏の人々にとって、モーツァルトはそれほどに親しみ深い作曲家なんです。
 少年時代の音吉にとっても、モーツァルトの音楽は上機嫌の時に口ずさみたくなる身近なものでした。最初に手にしたレコードがワンだ・ランドフスカの『トルコ行進曲』だったことは以前にお話しした通りです。
 もっとも少年時代にいちばん繰り返して聴いたのは、父の持っていた『ピアノ協奏曲21番ハ長調 K.467』のレコードでした。演奏は夭折の天才ピアニスト、ディヌ・リパッティ(Dinu Lipatti, 1917 - 1950)と前世紀後半の音楽界に君臨したヘルベルト・フォン・カラヤンHerbert von Karajan, 1908 - 1989)指揮のルツェルン祝祭管弦楽団(Lucerne Festival Orchestra)。
 組み合わせ自体が凄いのはもちろんですが、この演奏は、二人のマエストロがひとつの生き物であるかのように息を合わせ、生身のモーツァルトを地上に復活させたかのような、紛れもない名演であるといえます。
 一点の曇りもないコロコロとした音塊が、さながら遊び盛りの少年がみせる快活な仕草や悪戯心を秘めた表情のように駆け巡るかと思えば、時にピタリと立ち止まり、どこか寂しげな表情で遠くを見つめるような物憂げなメロディに転じ、再び思い出したかのように快活さを取り戻すといった風情が奇跡のように音で描かれていきます。
 やんちゃさと寂しさの同居は、フリーメイソンに傾倒した晩年を除くモーツァルトの音楽の芯ともいえるものです。音吉の父が「駆け巡る悲しみ」と形容したモーツアルトを、リパッティカラヤンは鮮やかに浮き上がらせたといえます。
 この奇跡、あるいは特異性は、現代のモーツァルト奏者と比べてみると非常によく分かります。今回は現代を代表して、内田光子(1948 - )の演奏と聴き比べてみて頂きたいと思います。

www.youtube.com

 疑いようもなく内田の演奏は第一級のものであるといえるでしょう。知的に洗練され、独自の解釈を加えた内田の演奏は、聴く者に安定感と心地よさをもたらします。これは内田に限らず現代の一線で活躍する演奏家には共通している良さでしょう。
 ただ、音吉にはそれこそが不満に感じられることでもあり。
 音楽を研究し分析するのは大切なアプローチのひとつだと思います。ですが知的に過ぎると、モーツアルトの音楽に見え隠れする諧謔の精神やある種の猥雑さを雑味として排除してしまう恐れがあるようにも思えるのです。
 実をいえば、カラヤンは、徹底的に管理の行き届いたラボで音楽を生産するタイプの先駆者であり、指揮者でもある内田はその正当な後継者の一人であるともいえます。なので若い頃とはいえ、無邪気に音と戯れるようなリパッティとの共演に、強烈な違和感を覚えるカラヤンのファンは少なくないでしょう。
 リパッティカラヤンの新たな可能性を引き出したのでしょうか。音吉は違うと思っています。 カラヤンリパッティモーツァルトに共鳴したのは、リパッティの音楽性と解釈にカラヤンが賛同し、同調したからではないでしょうか。
 カラヤンがタクトを振る協奏曲は、ほぼ例外なくカラヤンが主導権を握っているように思えます。「帝王」と呼ばれた所以なんですが、それはリパッティのような横並びで曲作りのできる共演者に恵まれなかっただけのことではないかと思うのです。
 さて、1950年8月23日にルツェルン音楽祭でライブ録音されたこの名演ですが、こんなにも元気で潑剌とした演奏にもかかわらず、リパッティは体調がすぐれず、当日の朝に行われた打ち合わせにさえ顔を出すことができない状態でした。結局、曲中のカデンツァ(オケを交えずに行う即興的な独奏部, Cadenza)を省略することで何とか出演を果たすことはできたのですが、リパッティにとってはこれが最後の演奏会となり、同年12月2日に33才の生涯を終えることになりました。
 この録音には、もう一つのエピソードがあります。なんと世紀の名演と呼ぶに相応しいこの録音のマスターテープが、録音の3週間後に廃棄処理されてしまっていたのです。もっとも事故ではなく、版権上の問題でスイスの音楽家連盟の規約に基づき廃棄処分を受けたということなんですが、この演奏の歴史的な価値に気付いていた人々は少なからず。9年に及ぶ追跡調査の結果、ついに二人の音楽ファンによる番組の録音テープを入手。一年がかりで雑音をカットし、リマスターを作成してレコードとなりました。今、こうして聴くことができるのは、こうした愛好家の地道な努力のおかげなのです。
 20世紀以降の音楽は、芸術の枠を超え、テクノロジーと分かちがたく結びついた文化になったといえます。