つい先日、『トムとジェリー(Tom and Jerry)』第2期(1961 - 1962)の制作監督を務めたイラストレーターでアニメーターでもあるジーン・ダイッチ(Gene Deitch, 1924 - 2020)の訃報が目にとまりました。4月16日にプラハの自宅でお亡くなりになったとのこと。享年95歳でした。
いつからかも思い出せない頃から還暦を迎えた今日まで、腹の底から笑える作品を与え続けてくれた『トムとジェリー』。
1940年にアニメーターでプロデューサーのウィリアム・ハンナ(William Denby Hanna, 1910 - 2001)とアニメーターでアニメの制作監督の(Joseph Roland Barbera, 1911 - 2006)の、いわゆるハンナ=バーベラ・コンビで制作が始まり、デジタル制作時代の今日まで続く『トムとジェリー』の80年の歴史の中で、ダイッチが関わったのは2年弱で計13作品と短く、少ないのですが、サウンドとアニメを緻密にマッチさせ、音楽の楽しさを目と耳で堪能させてくれる作品ばかりだという点で、彼の携わった第2期の作品群は特筆に値するものでした。
サウンドとアニメの一致は『トムとジェリー』のいちばんの特徴といえます。この個性の立役者はダイッチではなく、ダイッチに先行する第1期(1940 - 1958)のハンナ=バーベラと作曲家で指揮者のスコット・ブラッドリー(Walter Scott Bradley, 1891 - 1977)でした。
1892年にシャルル・エミール・レイノー(Charles-Émile Reynaud, 1844 - 1918)によって発明されたテアトル・オプティーク(Théâtre Optique)で幕を開けたアニメーション映画ですが、1920年代の後半から始まったトーキー(発声映画、talkie)は、アニメ製作者たちに映像とサウンドの一致という厄介な課題を与えることになりました。
音楽やセリフ、効果音を映像とどうシンクロさせるか。黎明期には先ずアニメを完成させ、音楽や効果音をそれに後付けするという方法で解決していたんですが、これは言うは易しの典型というべきか、現実にはとても大変なものでした。先ずアニメに音を合わせるためのクリック・トラック(click trak)というビート音を作成します。これをヘッドホンで聴きながら指揮者がオケに演奏のスピードを指示し、音楽に緩急をつけることでアニメに合わせたのです。当時の収録風景を見ると、スクリーンに映し出されたアニメを見ながら、オーケストラと指揮者、そして効果音のスタッフが恐ろしく緊張した面持ちで収録している様子が分かるんですが、愉快なアニメとのギャップがあり過ぎて、それだけでも笑いがこみ上げてきます。
こうした光景を一変させたのがハンナ=バーベラとブラッドリーでした。
彼らはどうしたかというと、制作の基本として、1秒間のアニメ作成に必要な24コマを音楽の1小節として作品全体に割り振るというルールを作ったんです。
ハンナとバーベラがストーリーの構想をまとめると、キャラの動きや効果音、セリフなどを書き込むスペースと五線譜をひとつにしたディテール・シート(detail sheet, バーシートともいいます)を作成して、制作の早い段階からブラッドリーを加えて一緒にシートを埋めていき、作品を完成させるという手法ですね。この手法の確立で映像とサウンドとのシンクロは容易になり、アニメーターと作曲家は他の専門分野のことをあまり気にしなくても制作が進められるようになりました。文頭のダイッチは、この手法を用いて、より完成度の高い作品を制作した功労者だったといえます。
ハンナ=バーベラとブラッドリーの手掛けた『トムとジェリー』から、ディテール・シートによって生まれた作例をご覧いただきたいと思います。
ブラッドリーは『トムとジェリー』もうひとつの個性を与えています。それは「セリフを極力使わない」というハンナ=バーベラの意向を音楽で解決したということです。たとえば「忍び歩き」「高笑い」「階段を駆け上る(下る)」「驚く」など挙げればキリがないほど存在する動作や感情を、ブラッドリーは音楽と楽音によって見事に表現できるだけの才能をもち、それを長年にわたって『トムとジェリー』に惜しみなく提供し続けたのです。
数々の天才的な能力と努力によって誕生し、生きながらえてきた『トムとジェリー』は、今はデジタル制作の現場で進化を続けています。きっと30年後、50年後もネコとネズミの追っかけっこは続いていることでしょう。