音楽なら入れ食いですが何か?

野良ネコ音吉のジャンル破壊音楽ブログ

ジャンヌ・ドメッシュー

 音吉の父は何でもかんでも息子にレコードを分け与えてくれたわけではありません。当たり前ですよね、中には盤自体が貴重なものもあれば本当に惚れ込んだ演奏家のものがあるんですから。それに音吉はまだ子供でしたからレコードの扱いは乱暴で、下手をすれば大事なレコードに損傷を与えかねませんでしたし。事実、音吉のせいで針飛びを起こすレコードが後を絶たず。本来なら相当なお叱りを覚悟しなきゃならないんですが、なぜか父にそのことで叱られた記憶がありません。

 音吉がねだってもくれなかったレコードの一枚に、フランスのオルガニスト、ジャンヌ・ドゥメッシュー(Jeanne Marie-Madeleine Demessieux, 1921 – 1968)によるフランクのオルガン曲集があります。仏銀に勤めていた父の友人がプレゼントしてくれたという当時としては珍しい仏盤で、当然ライナーノーツはフランス語。フランクやドメッシューがどんな人物なのかも分かりませんでしたが、

「聴かせてください」

 と頼んだ時、父は開口一番、

「もちろんいいけど、フランクはつまらないんじゃないかな」

 と言ったのをはっきりと覚えています。

 たしかに子供の音吉にとっては、つまる・つまらないでいえば、つまらない部類に属する音楽でした。ところが音吉は、このレコードの視聴を繰り返してリクエストするようになります。

「変わった子だな」

 と困惑しながらも父は嫌がるでもなくリクエストに応えてくれました。

 父が書き物をしている椅子の脇にちょこんと座って、音吉はスピーカーから流れるオルガンの音に聴き入りました。今でも曲を聴くと、父の書斎に籠るタバコの匂いと薄暗い部屋に洩れる外光の揺らめくさまを鮮やかに思い出します。

 音吉がこのレコードを気に入ったのには、ちょっと不思議な理由がありました。

 所狭しと積み上げられた本の谷間がフランクの音楽に満たされると、自分がとてつもなく大きな、それでいて限りなく優しい存在に抱かれているような感覚がじんわりとしてくるんです。それはやがて深い安らぎへ、ゆらゆらと変じていきます。時として子供同士の関係は残酷で心に深傷を負うことも少なからず。音楽が心の傷を癒してくれることを音吉はこのレコードによって知ったのでした。

 さて音吉を至福の世界に誘ってくれた演奏家についても簡単に説明しますね。

 ジャンヌ・ドゥメッシューは20世紀を代表するオルガニストで、晩年はサン=サーンスフォーレなどが名を連ねるマドレーヌ教会の首席オルガニストを務めた方です。2500以上の曲を暗譜していたという驚異的な記憶力の持ち主としてもレジェンド入りしていますね。作曲家としても多くの作品を遺しましたが、がんのために47歳の若さで帰天しました。日本のクラシック・ファンにはあまり知られていませんが、素晴らしい演奏家です。彼女が1958年に録音したフランクのオルガン作品集は翌々年の1960年にディスク大賞を受賞しています。

 

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